H19.3.29記事「湖魚の沈黙とその統計」

「湖魚の沈黙とその統計」
H19.3.29「滋賀夕刊」より

湖魚の沈黙とその統計
 滋賀県人は往古は蛋白源を琵琶湖の魚介類に依存した。
 今は湖が汚染されて、魚が激減し、県民の食卓には海の魚介類が多くなった。さらに若いものは魚よりも肉を求めるようになった。
 さて、琵琶湖の漁業が振るわなくなったと聞くが、それは漁獲高が減っているからである。
 漁獲高が減っているのは、琵琶湖の魚が少なくなったからだが、それではどのくらい減っているのか。年度別の統計表をみれば一目瞭然である。昭和31年の全漁獲高は9415トンだったが、50年後の平成17年には2033トンに落ちこんでいる。4・6分の1であり、100分比にすれば21・6%という低さである。
 代表的な個々の魚を上げると「ます」は3分の1、「あゆ」は2分の1、「こい」は9分の1、「ふな」は6分の1、「うなぎ」は9分の1、「いさざ」は3分の1、「もろこ」は1%以下。最も驚くべき減りを示すのは「しじみ」で昭和31年に5117トシ水揚げされたにも拘わらず50年後の平成17年はなんと30分の1以下の161トシに落ちこんでいる。
 全体的に見ると、昭和31年に比べ20年後は約半分50年後は3分の1以下になっており水中深く生息する魚類は6分の1から9分の1。湖の底で生息するしじみは実に10年後ごとに2分の1,4分の1、年々急転直下の激減を続けて、50年後は30分の1という超不振ぶりである。
◇湖魚は、漁業組合を通じての水揚げ統計で一つの傾向や実態を知ることが出来るがこれによると昭和40年前後から漁獲高の減少が際立っており、琵琶湖の汚染や公害問題がやかましくなったころと符号する。
◇湖の魚は漁業組合や県の水産当局によって、ある程度つかめるが、その他の烏や小動物の生息状況はつかみようがない。
 ただ、戦前や戦後も昭和30年ごろ以前を知っている人の体験的感覚は確かであり、この人たちの声を素直に聞くと、怖気づくほど地上の汚染は深刻である。
 例えば、蝉の声を聞かなくなった。蝶やトンボがめっきり少なくなった。小鳥たちのさえずりもあまり聞くことがない。蛇も減った。このほか、たにし、どじょう、ほたる、めだかも姿を消した。
 お寺や神社の森、里山の林道などで年寄りたちがかって見たり聴いたりした自然の生きものがびっくりするほど姿を消し、山も川も姿を変えた。
◇まさしくカーソンが著した「沈黙の春」(昭37)の日本版ではないか。沈黙の春、とは言い得て妙であり、一読了解の至言である。春は木が芽を出し、花笑い、烏歌うの好季である。それなのに芽は萎み、枯れ、花は咲かず、鳥は鳴かず、魚も虫も減ってゆく。つまり、自然の生息物が息もたえだえに沈黙しているのであり、ますますそれがひどくなってゆく。カーソンの「沈黙の春」は1962年原著が出され、日本では新潮社が日本語訳を出した。農薬、除草剤、殺虫剤を含む化学合成物質は散布、粉木煙霧、などで農業、園芸、林業、家庭に使用されるが、生物はその洗礼を受けると死滅するか破壊される。
 恐ろしいのは、これが生態系を狂わし、これまでの自然の秩序が崩壊することである。カーソンは1964年死亡したが、40年を過ぎた今、気味悪くも花粉症、アトピー、大腸ガン、精神不安定、精子減少、少年の粗暴化などその原因に化学合成物質が疑われている。



早崎ビオトープネットワーキング
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